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奥田のコラム

21世紀養生塾沖縄「天遊会」代表の奥田清志です。
ここでは健康に関する事を中心に、印象深い日々の出来事や、時には忘れ難い過去の思い出話なども含め、私の近況報告とさせていただきます。
( コラム中の画像はクリックで拡大します)
奥田清志


奧田のコラム(NO104) 祈りの日々(その一) ( 2011/02/28 )

 
 

 
 

 
 

 
 

 
 

 
 

 コラムを2ヶ月程休んでおりましたが、この間、地球規模の時の流れの中では、想像を絶する出来事が起こっているのに気付かされ、いささか興奮気味の中にいる昨今の私です。
 中東の国、チュニジア、エジプトに端を発した民衆革命は、あっ!!という間に独裁者と恐れられたムバラク大統領を追放し、その隣国であるリビアのカダフィー大佐による独裁政権も、今や風前の灯というところまで追い込まれている感があります。独裁者の終焉がどんなものになっていくか、日々に映し出されるテレビの映像は、まるで映画のストーリーを見ているかのような迫力で私達に迫ってくるのですが、これはまぎれもない現実の姿なのです。

 中東のこの民衆革命は、もしかして、更なる大津波のようなうねりとなって世界中の独裁者国家を覆いつくすことになるのかも知れません。そんな予感と大興奮が私の胸の中をよぎるのです。
 2011年は世界革命の夜明けの年になるのかも知れません。願わくば世界中の人々が、人種・国籍に関係無く、自由で平等で平和な世界を、嬉々として生きられる世の中になって欲しいと願うばかりです。母国の平和革命に尊い命を捧げた多くの殉教者に、心からの祈りを捧げずにはいられません。
合掌です!!!。

       祈りの日々(その二)

 2011年2月21日に発生したニュ―ジーランド大地震には思わず身心が凍りつきました。
今から30数年も前の事ですが、私もその地に旅行をした事があるのです。その時の印象は、ニュージーランドこそはまさに世界の楽園で、世界一安全で、世界一平和の地と思っていただけに、こんな落とし穴があろうとは夢の夢にも思っていませんでした。
 行方不明者の中には数多くの日本の若者達が含まれているとの事ですが、ニュージーランドの地に大きな人生の夢を抱いて行かれた若者たちの無念さを思うと本当に心が痛むのです。彼等のことを思うにつけ、今の私はW輪廻転生Wの人生を信じる事にいささかもやぶさかではありません。
 どうかもう一度、必ずやまた生まれ変わってきて欲しいです。そしてもう一度夢の続きに挑戦して欲しいのです。心からそう願いながら共に祈りを捧げたいのです。        合掌します!!!。
                              (2011年2月28日の記)


ーお詫びの記ー ( 2011/02/22 )

 
 

 
 

 
 

 
 

 
 

 
 

 毎月2回の割合で続けておりました私のコラムWいい日、いい人、いい出会いWを、約2ヶ月も休んでしまいました。その一番の理由は、昨年12月20日から開始した住宅の移転作業が、まさかの2ヶ月もかかってしまった事でした。
 そしてもう一つの理由は、この時期に、アメリカに住む末息子夫婦が初孫を連れて沖縄に里帰りをしてくれた事です。アメリカ息子の里帰りに合わせて、石垣市に住む長兄と、新潟に住む次男夫婦も、それぞれに孫たちを連れて沖縄に合流してくれた事で、我が家は何事も手に着かないままに、てんやわんやの大騒動の日々が続いておりました。

 何人かの親しい方々から、「コラムが新しくならないのはどうしてなの・・・?」というお声を戴いたのですが、実は、我が家のインターネットも何故かこの時期に突然の事故を起こして、その修理に一ヶ月以上もかかってしまうというハプニングに見舞われてしまったのです。
 インターネットは2月17日にやっと通じるようになりました。家の引越し作業も2月20日をもって完全終了となりましたので、これから急いで2ヶ月分の遅れを取り戻さねばならないと、幾分焦っているところです。つたない文章ですが、3月からまたコラムを再開させていただこうと思っております。どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。          2011・2・22   奧田 清志



奥田のコラム(NO103)W新しい門出をする者には新しい道が開けるW   ( 2010/12/24 )

 
 

 
 

 
 

 
 

 
 

 
 

   <沖縄・5回目の転居と小さなときめきの時>

 今回のタイトルW新しい門出をする者には新しい道が開けるWという言葉は、私の大好きな書家にして詩人の相田みつをさんの言葉です。

 ご縁をいただいて、どうやら永住の地になりそうな私の沖縄人生は、来年で40年にもなるそうです。この間、自分の都合で住所を替えたのは4回、それぞれに理由のある転居でしたが、今回は都市計画による突然の転居です。しかもあわただしい年の瀬の移転となり、いささかまいっているのですが、実は、私の心の片隅には、出来るものならもう一度、まるまる裸になって人生のやり直しをしてみたいという願望が
渦巻いていたのです。
 今回の都市計画による移転は、もしかして神様が私の願いを叶えて下さろうとしている千載一遇のチャンスかも知れないと思い、私達夫婦は老体に鞭打ちながらも、何かしらときめきの中で、今回の5回目の引越しに嬉々として励んでいる真っ最中です。

 39年間の沖縄人生を振り返ってみれば、まさに悲喜こもごも。全てを忘れてしまいたい気持ちと、決して忘れてはな
らない数々の反省と感謝と学びの気持ちが半分半分です。この際、39年の人生を大まかに振り返りながら、新しき人生の糧にしようと思い立った次第です。

    <39年の思い出と新しい人生の門出>

その1:私が沖縄の地に最初の一歩を踏み入れたのは36歳の時でした。結婚して長男が生まれた直後の事で、単身の来沖でした。目的は1975年の沖縄海洋博覧会に自分の人生をかけてみたかったのでした(コラムNO87に記載)。半年後には家族も来てくれましたが、私達には西も東もまるでわからない手探りの沖縄生活でした。この間に3人の子供も生まれ、仕事と子育てに明け暮れた無我夢中の10年余りでした。その頃お世話になった沖縄の恩人達のことが思い出されます。私達が、やがて40年もこの沖縄の地に住まわせていただけた原点は、その方々との深いご縁と、ご親切によるものと手を合わせるのです。今は亡き人となった方々が多いのですが、生涯忘れられない人達ばかりです。

その2:仕事も軌道に乗り、子供たちも成長してくれて、4人の子供たちの学校の事を最重要点に考え、次なる住まいを那覇市の下町から首里城のある首里金城町に移しました。この首里金城町の家は、私が自分の名義で建てることの出来た唯一の家でした。当時は仕事の勢いもあってのことか、今から思えば、この家はあまりに無謀とも思える程の大きさでした(敷地300坪・建坪面積、のべ350坪の3階建て)。那覇市と慶良間諸島の海が一望できる立地にあって、ここで人生の全てを終えても充分すぎると思えた程の満足度でありましたが、その生活は20年あまりの現実でしかありませんでした。

その3:私の人生は、実はこれから後が本当のスタートだったのです。
 世の中はバブルの崩壊に突進しておりました。私の勉強不足のせいもあって、気がついてみたら私達もその真っ只中に置かれていたのです。急転直下の苦渋をなめる長〜い人生の道のりが続く事となりました。
 この時期、私は何故か、まるで無縁のものと思っていたマラソンの世界にのめりこんでいて、3万キロあまりの距離を走り続けておりました。この間、アトランタオリンピックの聖火ランナーに選ばれるという、まさかのハプニングにも恵まれましたが(コラムNO36、37に掲載)、その時期の苦しみをマラソンに分散していたのかも知れません。今から思えばこの時期の苦難の人生が、その後の私の人生に大きな気付きをさせてくれたと思えております。

その4:上記のような理由から、住まいを首里の大き過ぎた家(周りの人は首里御殿と呼んでいたらしいのです)から、家内の友人の紹介で、豊見城村(現在は豊見城市に昇格)に転居しました。住まいの大きさは首里御殿の十分の一以下となりましたが、人生の思いの大きさは住まいの大きさとは無縁のものである事を知ることが出来ました。この時期、私は思いもかけない人生の大転機に目覚める事になったのです。

 身の回りの親しい友人、知人の死や、自分の身体の変化から、人生で一番大事なことは健康人生にあると気付き、暗中模索を続けているうちに、奇跡と思える二人の恩師との出会いに導かれていったのです。そのお一人はホリスティック医学を提唱されておられる帯津良一先生、そしてもうお一人は日本における太極拳の父と呼ばれる(故)楊名時先生です。(このお二人との出会いについてはコラムNO1〜7に詳しく記してあります)
 このお二人との出会いから、私の人生は、まるで180度の方向転換をする事となりました。この時期から私の人生は健康が人生の最大のテーマとなり、気付いてみれば私の身の回りは健康人生という一点でご縁を深くする大勢の仲間たちに囲まれているのです。今の私にこれ以上の喜びと感謝の人生があるとは思われません。 39年、悲喜こもごもの人生から学んだ私のこれからの人生の心得はどうやら以下の3点
におさまるような気がいたします。
 @ 私の人生は、質素にして、そよ風の如くさわやかな人生でありたい。
 A 私の人生は、謙虚にして天地に恥じない人生でありたい。   
 B 私の人生は、生涯を通して、今日よりも一歩前進の人生であり続けたい。

その5:さて、いよいよ新しい人生の門出となる5回目の住まいは、マラソン時代の友人の紹介で同じ豊見城市内の新築のマンションの一室に決まりました。マンションの生活は沖縄では初めての事で、何かしらときめくものがあるのです。2LDKの小さな部屋ですが、小さいながらもシンプルライフを目指す今の私達にとっては、充分すぎる程に有難いときめきの空間です。
 私はこの部屋に付随している小さなベランダの空間がとても気に入っていて、この空間に、安らぎと癒しと養生のエネルギーが生まれてきそうな気がするのです。
 2011年から私達夫婦の新しい人生が始まります。W新しい門出をする者には新しい道が開けるW。私はこの言葉を確信しています。美味しいコーヒーと美味しいケーキ(?)を用意して、友人・知人のご来訪をお待ちしたいものです。       (2010・12・24の記

写真:相田みつをさんの言葉より


奥田のコラム(NO102) <攻めの養生12ヶ条>その二 ( 2010/12/02 )

 
 

 
 

 
 

 
 

 
 

 
 

第七条:他人の旅情とかなしみを敬う
 日本人の精神の源に流れているのはWかなしみWなのかも知れません。日本を代表する哲学者、西田幾太郎(1870〜1945)、詩人の西脇順三郎(1894〜1982)も、日本文化の源流には深い人生の悲哀があると申しています。江戸時代の儒学者、佐藤一斉は「養生の訣は、一箇の敬に帰る」と言っております。かなしみの相手を敬い、思いやるという事でしょう。かなしみを敬い、思いやる事によって、相手の生命場のエネルギーを向上させれば、共有する場を介して自らのエネルギーも向上してくるのです。かなしみを敬う事は、まさに立派な養生と言えるのです。

第八条:こころのときめき 〜生命を躍動させる〜
 がん患者の自然治癒力を上げるには、心のときめきが一番大きいと思えるようになりました。ときめきは人それぞれに違いますが、何でもいいのです。お酒の好きな人はお酒にときめき、大好きな食べ物があればその食にときめき、好きな人がいれば恋心にときめいていればいいのです。恋愛に年齢は関係ありません。ただし、ときめきには素直さと謙虚さが必要です。素直に驚ける心がなければ大きなときめきにはなれません。謙虚さがなければうすっぺらなときめきにしかなりません。

第九条:自然治癒力の高い場所に身を置く
 自然治癒力とは、例えばキズが自然に治ったり、手術をした後、正しいほどこしをしてさえおけば、自然に治ってくる現象です。自然治癒力の存在は解っているのですが、今のところそのメカニズムについては誰にも解っていません。自然治癒力を高めるに当たって大事な事は、気持ちのいい場に身を置く事、そして、気持ちの通じ合う人間関係の中に身を置く事が大事な事と思います。

第十条:早寝・早起きをする
 中国の養生法に必ず出てくるのが、「起居を慎む」という言葉です。具体的には早寝早起きを意味しているのですが、早起きは大自然の摂理に最もかなった姿でしょう。現代の生活ではなかなかそうはいかない場合もあるでしょうが、なるだけそれに近づける生活を心掛ける事が道理でしょう。
 中国の『易経』に、「天行健(すこやか)なり、君子以て自彊(じきょう)して息(や)まず」と在りますが、大いなる自然の流れに身を任せて生きることが人生の一番正しいリズムであろうと思います。

第十一条:折に触れて死を想う
 医療の世界では死については目を背けるのを常としてきました。今でもその傾向は強いのですが、折にふれ死を考え、それなりの覚悟に生きる人ほど充実の人生を送ることが出来るのです。自分のラストシーンを自分で描いておく事が納得の人生になるのではないでしょうか。

第十二条:「青雲の志」を抱いて生きる
 「青雲の志」の本来の意味はW徳を積んで聖なる人になるWということですが、いつの間にか立身出世をする事のように曲げられて捉えられるようになってしまいました。徳を積んで聖なる人になる為には、生涯を通してW志Wを持ち続けることです。私達は宇宙という摂理の中で生を受け、生命エネルギーを高める修行の場として地球上の今を過ごしているのです。いずれは誰もがまた宇宙の旅に戻らねばなりません。その過程で最も必要とされるのがWときめきWです。ときめきこそは現世に於ける最大の養生と言えるのです。                 (2010・11.30の記)


奧田のコラム(NO101) Wときめき養生訓W〜攻めの養生12ヶ条〜 ( 2010/12/02 )

 
 

 
 

 
 

 
 

 
 

 
 

 前回のコラム(NO100)では、帯津先生の健康講演会「ときめき養生訓」について、その内容を紹介したのですが、それと同じタイトルの最新書が出版されております。この本の中には〜攻めの養生12ヶ条〜という養生の真髄が記載されておりますので、改めて私なりの紹介をさせていただきます。詳しくは本をご覧になっていただければ幸いです。(エクスナレッジ出版社:ときめき養生訓)
        
       <攻めの養生12ヶ条> その一
第一条:こまめに歩く
 年齢を重ねていけば体が衰えてくるのは自然の成り行きですが、衰えを防ぐ為に一番手軽な方法は歩く事です。歩き方のポイントは自分のペースで、自分に一番適した運動量を歩く事です。毎日必ず決まった距離を歩かねばならないと決め付けるのではなく、通勤、買い物、家事等々、日常生活の中で歩く工夫をして習慣付けることが大事でしょう。

第二条:気功に親しむ
 気功の目的とするところは、自分の生命力や自然治癒力を高めて、健康な体をつくる事にあるのです。気功の要素は @「調身」(意識して姿勢を整える)、A「調息」(呼吸を整える)、B「調心」(調身、調息を通して心を整える)の三要素とされています。気功はスポーツではないので他者との比較、競争するものではありません。気功には様々なスタイルの気功がありますので、自分に一番合ったものを身につけ、それを無理せず、長く続ける事が肝心です。気功を続けていると、とてもいい顔になります。いい顔こそは健身、健体の象徴といえるのです。

第三条:旬の食べ物を楽しむ
 旬の食べ物には大地のエネルギーが含まれています。それをいただく事によって私達は大地のエネルギーを体内に取り入れて、内なるエネルギーを高めるのです。そして天の恵みをいただくという感謝の心が、更なる体内のエネルギーを高める事につながっていくのです。食事は美味しく、楽しく、感謝していただくのが健康への一番の近道です。

第四条:酒は百薬の長
 お酒の飲めない人は別として、お酒の好きな人にとっては、お酒はまさに天与のときめきでしょう。
 しかしお酒を飲みすぎて酒に飲まれてしまってはマイナスの人生になってしまいます。適量をわきまえて、品性を高めるお酒である事が、酒を愛する人の条件でしょう。

第五条:時にあっては旅情に浸る
 私たち人間は虚空からの旅人です。はるかな虚空から、ほんのわずかな数十年の地球人生を過ごして、再びまたその虚空の旅に帰らねばならない、宇宙の摂理の中に生かされているのです。ですから人生は喜びや哀しみや、ときめきや寂しさなどが交じり合っての人生なのです。悲喜こもごもの人生を、日々にときめいて生命のエネルギーを高め続け、その勢いで死後の世界に旅立つのです。死は生命の終わりではなく、虚空への旅の始まりと思えば、人生はそれなりに素晴らしいのです。

第六条:生きる哀しみに思いをやる
 生きとし生けるものはみんな不安に駆られています。人間は旅情という哀しみを抱いて生きているのですから、お互いにその哀しみを敬い合うことが、地に足の着いた本当の喜びに繋がっていくのです。あまりに明るく前向きな人はWウツWになりやすいそうです。哀しみの大地に喜びの種をまいて、その種を育て、花を咲かせるところに人生の本当の喜びはあるのでしょう。

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