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奥田のコラム

21世紀養生塾沖縄「天遊会」代表の奥田清志です。
ここでは健康に関する事を中心に、印象深い日々の出来事や、時には忘れ難い過去の思い出話なども含め、私の近況報告とさせていただきます。
( コラム中の画像はクリックで拡大します)
奥田清志


奥田のコラム(NO315) 感動の喜びと衝撃の悲しみの中で ( 2022/12/01 )

 
 

 
 

 
 

 
 

 
 

 
 


 先月(10月)のコラム(NO314)では、楽しい出来事ばかりを書かせていただく好運に恵まれていたのに、今月のコラムは何故か感動の喜びと、衝撃の悲しみの中に身を置かねばならない日が続いていた私でした。

* 感動の喜びとは、10月30日から11月3日にかけて6年振りに再開された、第7回世界ウチナンチュー大会(沖縄に故郷を持つ人達の里帰り)に巡り会えた感動の事です。
 戦前、沖縄から世界の各地に新天地の夢を描いて海を渡った、沖縄出身者とその子孫達の里帰りの風景が、あまりに感動的で、その美しさに心を打たれておりました。いまや世界中に拡がっているウチナンチュー(沖縄出身者)の数は、何と45万人にもなっているとの事です。そして、今年のウチナンチュー大会には、約8000人の人達が世界の各地から里帰りをされたと、新聞に報じられております。
 “故郷は遠きにありて思うもの”という言葉が、今私の頭の中に浮かんでおりますが、人は故郷から遠くに住めば住むほど、故郷への思いは強くなるのかも知れません。私は四国・高知県の出身ですが、沖縄にご縁を頂いて50年が過ぎております。最近は子供の頃に遊んだ、故郷の海や山や川の事が夢の中に出てくる事が多いのです。
世界のウチナンチューに幸多かれと心の底から念じるばかりです。

        〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

* 衝撃の悲しみとは、私の沖縄人生50年の中で出会った最大の尊敬人であられたあの作曲家(音楽家)普久原恒勇先生が、第7回世界のウチナンチュー大会の真っ只中(11月1日)に急逝されたニュースを知り、まさかまさかの大衝撃でありました。
 11月3日の告別式でお会いした奥様のお話によれば、先生は「12月の演奏会に向けて、多忙な日々を過ごしていたおられたのに、11月1日深夜、誰にも気付かれないまま、家の中で倒れているのを発見され、すぐ病院に運ばれたものの、そのまま帰らぬ人になってしまいました」との事でした。
 普久原先生の急逝を惜しむ声は、まさに“巨星落つ”の言葉に代表される感があります。私も全くその中の一人で、私は普久原先生の作曲されたあの“芭蕉布”こそは、沖縄の、いや日本の宝物との思いで、沖縄に生きる喜びを感じさせていただいておりました。
普久原先生との出会いは30年ほど前、ある友人の紹介からでしたが、いつお家を訪ねても、いつでも親切で、優しくて、面白くて本当に素晴らしい第1級のウチナンチューであったと思います。
 普久原先生との思い出はあまりに多くありすぎて、かえって文章になりませんが、いま頭に浮かぶ風景は、今から20年程前に宮古島の八重干瀬の旅にお誘いを受けたときの事が懐かしく思い出されております。
 私は生涯、普久原先生との事を忘れません。先生が残して下さった名曲“芭蕉布”がある限り、普久原先生とのご縁が途切れる事は私には無いと思えております。普久原先生のご冥福を心の底からお祈りさせていただきながら、またいつか文章を綴らせて頂こうと思っております。
 普久原先生、本当に本当に有難うございました。
                          2022・11・30日の記


奥田のコラム(NO314) 10月の嬉しき事3題 ( 2022/10/31 )

 
 

 
 

 
 

 
 

 
 

 
 

 コロナは幾分下火となり、もしかして今年中にはマスク着用は解禁になるのかも知れません。一方、海外に目を向けると、私にはウクライナの事が気になって仕方ありません。

 私は高校の頃からロシア民謡が大好きで、今でも時々口ずさむ程です。あれ程美しい歌や、白鳥の湖”に代表される素晴らしい音楽を誕生させたあのロシアが、どうしてあれ程迄に無残極まりないやり方で、隣国のウクライナを攻め続けるであろうかと、私は不思議でならないのです。
 もしかして、この戦争は、プーチン大統領の、プーチン大統領による、プーチン大統領の為の身勝手な戦争ではないのかとさえ思えてなりません。難しいことは判りませんが、どうか、どうか、ウクライナに一日も早い静かな日常が訪れてくれる日の早からん事を、心の底から願い、祈るばかりであります。 

        〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 今日のコラムは本題からは大きく外れるスタートとなりましたが、これからが本番です。
今年の10月は私にとりまして、ささやかながらも、いくつかの嬉しい出来事がありましたので、その中から3つを選んで今日のコラムに綴らせていただこうと思います。

*嬉しき事(その1)
 私は今年86歳になっております。60歳の頃から、気功・太極拳とのご縁を頂き、今ではその気功・太極拳こそは“我が天職なり”、とさえ思うに至っておるのです。
現在、一週間に5日、6教室を主催するに至っておりますが、つい先日(10月14日)、ある教室に2年あまり通っておられる女性(75歳前後)から、次のような報告を頂き、びっくりいたしました。
 その報告とは、「昨日、ヤンバル(北部)の森を5キロ程歩く事になり、皆について懸命に歩いたのですが、終わってみると、どこにも痛みもなく、無事に歩き終えていたのです。そして心配していた翌日の太極拳教室にも普段どうりに出席出来ているのが不思議でなりません。もしかしてこれは気功・太極拳のお陰に違いないと思うと、嬉しくてたまりません。感謝の気持ちで一杯です」。私はこの報告を聞いて、本当に嬉しく思いました。この言葉にさらなる勇気を頂いて、これからも“人様の元気”のお役に立ちたいと心に誓ったのでした。

*嬉しき事(その2)
 10月22日は沖縄国立劇場で落語の立川志の輔さんの公演がありました。コロナの為に3年振りの公演との事でしたが、この日の席は満席。私達夫婦もご招待を頂き、久し振りに全身で大笑いをさせていただきました。
 志の輔さんとのご縁は、今からもう30年以上になるのかも知れません。その当時、沖縄国際通りの地下に、沖縄ジャンジャンという小劇場があって、彼(志の輔さん)をジャンジャンに連れてこられたのは、今は亡き永六輔さんでした。公演が終わった後、永六輔さんから「志の輔君は、沖縄は初めてだから、彼を連れて沖縄観光をさせてくれませんか」とのお願いをされ、私の家内がその役を務めさせて頂いたのでした。この観光には、当時小学校6年生であった私の息子も同行させてもらったのですが、何故か志の輔さんは、この息子を甚く気に入って下さり、その後自分に生まれた息子にも、同音の“ジュンペイ”という名前をつけて下さったのでした。以来30年を過ぎるご縁が続いているのですが、久し振りの志の輔さんの落語に大笑いをしながらも、志の輔さんとの過去の様々な出来事が蘇ってきて、感慨無量な一日でもありました。

* 嬉しき事(その3)
 今年の11月1日は私達夫婦の52年?振りの結婚記念日に当たるのだそうです。家内の提案で、記念の食事は前祝いだけど、沖縄北谷にある“次郎長”の“吉田君の天ぷら”にしませんか?、との事で、私も大賛成。しかしこの店のオープンは夕方5時30分からとの事で、私達夫婦にとって夜の運転は、至難の業なのです。それでも家内の決意は変わる事無く、家内の運転でやっと北谷の次郎長に行けたのです。北谷次郎長のお寿司もさる事ながら、吉田君が目の前で揚げてくれた“天ぷら”は、やはり天下一品の感動の味でありました。
 吉田君とも長い付き合いで、海洋博時代から今日まで、お互い有為曲折の時代をくぐり抜けてきた古き良き友人です。家内も手術からの回復を心から喜んで天ぷらを噛み締めていました。

 北谷次郎長の皆さん、ご無理を聞いてくださり、本当に有難うございました。天ぷらの吉田君、感動の天ぷらを揚げてくださり有難う。お陰様で心に残る嬉しい記念日の食事となりました。また来年も元気で再訪出来るよう頑張ります。有難うございました。

今日10月30日は奇しくも世界ウチナンチュー第7回記念のオープンの日でもありました。

                           2022・10・30日の記
           


奥田のコラム(NO313) 仙台S・Jさんへの近況報告 ( 2022/09/30 )

 
 

 
 

 
 

 
 

 
 

 
 

 今年の5月、それまで暫く休んでいたコラムの再開に使用させてもらった文章は、仙台に住む大親友のS・Jさんへの近況報告でした。(コラム311)。
 6月の末にも(コラム312)を発信していた記憶があったので、その次のコラム書き迄には充分の余裕があると安心していたのに、ふと気がついてみると、何と月日はもう9月の終わりに近づいていたのでした。

 大慌てにコラム(NO313)の文章を考えて見たのですが、私の頭に浮かんでくる強力な印象は、8月7日に不慮の死をとげられた安倍元首相と、9月19日に世界中のお祈りの中で静かに天国に旅立たれた、エリザベス女王の死でありました。
 どうして人間の死にこれ程までの差が生じるのであろうか、軽々しく結論を出せる筈もありませんが、私は常々、人間の生死は大宇宙を神とする天なる導きにほかならないと考えるに至っておりますので、私は全ての死者には等しく、両手を合わせて冥福をお祈りする他はありません。

 話が難しい方向に向かいつつありますので、急いで話を元に戻さねばなりません。今月(9月)の私のコラムは、3ヶ月に一度位の割合でお手紙を届けて下さる、仙台のS・Jさんからのお手紙のお礼状の文章を今回も又そのまま使わせていただこうと思うにいたりました。S・Jさん、本当にいつもゴメンナサイ!!!。
 
        〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
S・J様

 朝夕には、ほんの少しながら、幾分の涼しさを感じる昨今の沖縄ですが、まだまだ圧倒的に残暑の厳しさと、今年は何故か、台風の余波のような天気が続く毎日です。
 先日はいつもながらのご丁寧なお手紙を頂き、誠に有り難く、感謝、感謝で、あなたの事を思い浮かべております。最近の私は、なかなか思うような行動力が伴わず、お手紙の返信もすっかり遅くなってしまい、大変申し訳なく思っております。

 私の近況を申し上げますと、6月26日に86歳の誕生日を迎えた頃から、急に足腰の痛みと弱さが目立つようになってきております。杖の力を借りてみようと思い、早速杖をつきながら近くのスーパー等に買い物に出かけるのですが、今度は行くとこ行くところで杖を忘れて、家に帰ってから気が付くのです。7月から杖人生を始めているのですが、月に一度ぐらいの割合で杖を買うのが恥ずかしくて、本当の事は誰にも言っておりません。もしかして頭の方も相当おかしくなっているのも知れません。
 
 足腰の他はそれ程心配するところはありませんが、足腰の元気が健康長寿の最大の条件と思っておりますので、今年は下記の言葉を肝に命じて、一日中で最も大事な心掛けとして実行に移しております。
 @ 今日よりも一歩前進良い明日。(帯津三敬病院の心得)
 A あせらず、おごらず、おこたらず。(楊名時先生の太極拳心得)

 ゴルフの方は、私もず〜とクラブを手にしておりません。義弟のS・N君が、暫く体調を崩しておりましたので、彼が元気になったら、ショートコースを再開しようと約束しておりましたので、そろそろスタートさせようと話し合っているところです。
S・Jさんとのゴルフは、いつでも大歓迎ですので、何時でもご来沖を楽しみにしております。只、お二人のお母様が、健康であられる事が絶対の条件ですので、決して決して急がないで下さいね!!。 お互いにこれからのゴルフは、どれだけゴルフを楽しめるかが大事な目標だと思いますので、私はあるがままの自分を楽しみたいと思っているのです。“オールタッチプレーOK”でいきたいと思っておりますが、いかがでしょうか。

          〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 あなたの事が大好きな99歳の例のおばあさんは、もうすっかり元の元気を取り戻されているそうです。そして彼女の毎日の習慣は
  @ 毎朝、般若心経を唱える事。
  A 毎日、階段の一段を何度も何度も昇り降りする事。
  B 毎日の新聞に隅から隅まで目を通す事+読書だそうです。
 
 このおばあさんの100歳の誕生日は来年2月との事ですが、上記の話を聞くにつけ、どこまで長生きされるのか計り知れません。100歳の誕生日には、あなたと私の名前でちょっとしたお花をプレゼントしたいと思っておりますが如何でしょうか?、その時は、どうぞよろしくお願いいたします。

           〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

* 一番先に書くべきでしたが、夏の甲子園野球、仙台育英高校の全国制覇、誠に・誠におめでとうございます。私は沖縄の尚学院高校が全国初制覇の時の事を知っております。沖縄中が震度5位に揺れ動きましたので、仙台の喜びが解るような気がしています。本当におめでとうございました!!。

* あなたの随筆集「風の便り」は是非とも、いつまでも続けて下さいますよう、私は心から希望しております。いつも最後になってすみません。奥様によろしく、よろしくお伝え下さい。
                            2022年9月25日の記      
                       沖縄より
                              奥田 清志
 


奥田のコラム(NO312) 86歳の誕生日に思った事ー生かされて生きているー ( 2022/06/30 )

 
 

 
 

 
 

 
 

 
 

 
 

私は今年の6月に86歳になりました。
 昨年85歳になった時には、何かと心のなかに浮かぶ言葉があって、それらの事を日記に書き残しておりましたが、86歳の今年は格別心に浮かぶ言葉もなく、85歳の言葉の延長人生を生きていれば良いと思っていたのです。

 ちなみに85歳の時の言葉は以下のものです。
@ 残された人生、出来るだけ人様にご迷惑をかけない人生でありたい。
A 残された人生、いささかなりとも人様のお役に立てる人生でありたい。
B 残された人生、今日よりも一歩前進の明日でありたい。
C 残された人生、天国の両親が喜んでくれる人生でありたい。
D 残された人生、いつ何があっても、いささかの後悔もない人生でありたい。

          〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 ところがであります。
 今年の3月末、新潟に住む次男から、新潟県弥彦温泉の招待状が届き、夫婦共々、喜び一杯で新潟を訪れ、幸せいっぱいの旅を終えて帰った直後、家内の腰に激痛が出て、(家内の言葉によれば、旅行中にも幾分の痛みがあったけれど、何とか堪えられる痛みだったので、口には出さないように辛抱していた、と言うのです。)
 4月1日に協同病院を訪ねたところ、即入院、即手術、即ICU 入りという大ハプニングとなったのでした。後で知ったのですが、家内の病名は“左脇腹大動脈瑠破裂”で、一刻の猶予もなかったとの事でありました。緊急手術で麻酔から覚めた妻も、後からその現実を知らされ、流石に動揺を抑えきれなかったようでした。(コラム311参照)
 お陰様で、手術後1週間でICUから一般病棟に移され、リモートによる電話が許されるようになり、4月16日には一時退院となり、今は家の中での静養中で、ちょっとした買い物が出来るようにまでなっているのですが、7月の初めには最終検査で術後の結果が出るとの事です。
              
 上記の家内の突然の出来事を通して、深く気付かされた事は、“人間の生命は天地神仏様に生かされている”、という強い実感でありました。今回の出来事を通して、私達夫婦は、共々に天地神仏様に感謝を忘れる事の無い人生を生きる事の大切さを、強く学ばせて頂いたと思っております。
 
          〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 “日々一生懸命、良き事を心掛けて、最後のところは、天地神仏様の出される結論に従う他は無し”、というのが、今年86歳を迎えた私の結論であります。これから先も、元気で頑張ろうと思います。頑張って天地神仏様も喜んでくださるであろう人生を生きねばならないと自分に言い聞かせている昨今の私です。
ありがとうございます。ありがとうございます!! !! !!

                           2022年6月30日の記


奥田のコラム(NO311) コラム再開に当たって・・・ ( 2022/05/14 )

 
 

 
 

 
 

 
 

 
 

 
 

 2022年に入ってからの私は、ただの1回のコラムを書いただけで、以来ずっとコラム人生から遠ざかっておりました。身の回りに何もなかった訳ではありませんでしたが、毎日の新聞・TV等で報道されるニュースは、コロナ・オミクロン禍の拡大と、ロシアによるあまりにも無惨なウクライナ侵略に、心が沈むばかりの日々が続いておりました。
 つい先日、仙台に住む親しい友人に、手紙を出す機会に恵まれましたので、今日はその手紙の文章をそのまま記させていただき、ささやかなコラムの再開にさせていただこうと思います。これからまたよろしくお願いいたします。

                           2022年5月14日の記

         〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
 S・J様
   
 連休も終わりましたが、如何お過ごしでしたでしょうか。
沖縄は 数日前から梅雨に入っており、加えてコロナ・オミクロン禍の感染率が 日本一という状況下に置かれていて、なかなか心晴れ晴れという訳にはなっておりません。

 本来であれば、私達夫婦にとりましては、今年は一番下の孫娘が小学校1年生になり、一番上の長兄孫がやっと高校を卒業して、ご縁をいただいて、金沢の大学に入ってくれましたので、嬉しい出来事が続く筈でしたのですが、コロナ・オミクロン禍の為、私達夫婦はいずれの入学式・卒業式にも出席が許されず、残念な事になっておりました。

 それらに加えて今年一番の大事件は、3月末、新潟に住む次男から弥彦温泉の招待をうけ、幸せ一杯の思いで帰ってきたはずでしたのに、何故か急遽、家内が腹痛を訴える日が続き、4月1日にあまりの痛さに病院を訪ねてみたら、“即手術”、“即入院”、“即ICU”(面会謝絶)、という日が1週間程続き、頭の中が真っ白な日が続いておりました。さすがの私もこの時ばかりは毎日、心のなかで天地神仏に手を合わせる日々が続いておりました。

 病院の先生のお話によれば、“左脇腹大動脈瑠破裂”で出血もあり、少しの時間の猶予もなかったという事で、生き返ったことが不思議なくらいの出来事だったとの事。緊急手術で麻酔から覚めた妻も、後から聞かされて流石に動揺を抑えきれなかったみたいでした。

 手術後1週間でICUから一般病棟に移され、リモートによる電話が許されるようになり、一安心となりました。本当に、本当に思いがけない出来事でありました。お陰様で4月16日に退院となり、今は家の中で静養中ですが、最近は近くのスーパー位までは車で出掛けて、買い物もしておりますので、もう大丈夫なのかもしれませんが、7月1日に再検査があり、この時点で最終結果が出るとの事です。

 結果次第ではもう一度、根本的に人生を考え直さねば・・・という気になっているのですが、今回の出来事は、まさに天地神仏に助けていただいた生命と思っておりますので、これからの人生は夫婦共々に、天地神仏に喜んでいただける人生を心掛けて生きなければならないという気がしております。

            〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 私達の事ばかりの手紙になってごめんなさい。家内がまだあまり長文のPSが打てそうもありませんので、今日はこれで失礼させていただきます。次回は7月中旬にまたお手紙させていただきます。
 人生はいつ何が起こるか、本当に解らない事を身に滲みて知らされました。
S・Jさんご夫妻のご健康を心の底から念じております。お元気でお過ごしくださいますように。

       2022年5月12日の記    沖縄より


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